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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和53年(う)119号 判決

本籍・住居

富山市下堀四一番地

旅館業

松浦悦子

昭和七年一一月二三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五三年六月二六日富山地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官有村秀夫出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五月及び罰金六〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岩崎善四郎名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は、原判決の量刑が重きに過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌したうえ検討するに、証拠に現われた本件犯行の動機、態様、罪質等諸般の情状、特に、本件は旅館業並びに乳酸飲料等販売業を営む被告人がその所得税を免れようと企て、売上金の一部を除外して簿外預金を設定するなどの行為によりその所得を秘匿したうえ、所得金額及び所得税額を過少に記載している虚偽の確定申告書を提出する不正の行為により、所得税(昭和四九年度分、四四〇万六、一〇〇円、同五〇年度分、一、二一二万五〇〇円、同五一年度分、一、四三三万九、〇〇〇円)をそれぞれ免れた案件で、その犯行の手口が計画的で巧妙かつ大胆であつたこと、ほ脱税額は合計三、〇八六万五、六〇〇円の多額にのぼることなど考慮すると、原判決の量刑措置はその言渡し当時においては相当であつたと認められる。しかし、当審における事実取調べの結果によれば、被告人は原判決の言渡し後、昭和五一年度分の本税未納分及び昭和四九年度乃至同五一年度の延滞、加算税等の納付のため合計額面二、一五三万四〇〇円の約束手形を所轄国税局に委託するなどしてその支払に努力していることが認められ、その他被告人の反省態度、年令、職業、未だ懲役刑に処せられた前科のないこと等所論も指摘の被告人の利益に斟酌しうる諸事情を彼此勘案すると、原判決の量刑は現在ではいささか重きに過ぎるに至つたものと思料されるので、原判決はその刑を是正するため破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条二項、三九三条二項に則り、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において更に判決する。

原判決の認定した事実に、その示すところと同一の法条を適用し被告人を懲役五月及び罰金六〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、前叙の情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間 右懲役刑の執行を猶予し、当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻下文雄 裁判官 横山義夫 裁判官 宮平隆介)

被告人 松浦悦子

○控訴趣意

原判決は、被告人を懲役六月(ただし、三年間刑の執行を猶予する)および罰金六〇〇万円に処する旨を言渡したが、原審の右量刑は所犯に比して重きに過ぎるものであり、量刑不当として破棄せらるべきものである。すなわち、

本件記録によると、被告人は、昭和三〇年頃より、化粧品販売風俗営業等を営んで来たものであるが、昭和四〇年富山市内において、いわゆる連れ込みホテルである南国ホテルを建ててその営業を始め、爾後、昭和四三年頃にはホテルハワイを、昭和四七年頃には同じくホテルフアミリーを建てて、前同様のホテルを経営し、また別に、ノーベルと称する乳酸飲料の販売をして来たものである。

ところで、被告人は右各営業による収益に関し、昭和四六年頃までは、正確な所得税確定申告書を所轄富山税務署に申告して来たが、その所得税額が、あまりにも多額であつたところから、かくては税金を支払うために働くようなものだと考えるにいたり、原判決摘示のような方法により、本件脱税を犯すにいたつたものである。

思うに、現行所得税法の累進課税方法により徴収される税額について、いわゆる多額納税者がいだく重税感は、全く被告人と同様であつて、このことは、しばしば世の多額納税者から耳にするところである。それ故本件犯行の動機を以つて、直ちに被告人を以つて納税義務を回避する悪質者とするのは、前記実情に徴し、いささか酷に過ぎるものというべきである。

のみならず、今や被告人は前非を悔い、本件起訴にかかる各年度の所得税について修正申告をなし、各年度の延滞税、重加算税を通じ、その大部分の納入を終り、残額については昭和五三年八月中には完納する運びである。

以上に述べたところを勘案するときは、原審の量刑は重きに失するものというべきであるから、これを破棄され、懲役刑については、執行猶予期間の短縮を、罰金刑については、減額の裁判を賜わりたい。

以上

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